二大論争 

そうだ、鍋しよう!(キャッチフレーズ)

珍しく四人揃って食卓を囲めることとなった、とある一月下旬の晩ご飯。
ぐつぐつ美味しい味覚なら間違いなし。どうせなら皆で食べれるものがいいよね皆仲良く!
それがその日の兄弟会議の結論だった。鍋万歳。

そして事件は起きてしまった。

生憎、肉の争奪戦ではない。
育ち盛りと大食いを含めて男四人(もしかしたら三人)。確かに、鍋の材料だって半端ない。
けれど食事で流血沙汰は我が家ではありえない。財布を握る長男の采配に狂いは無い。
そう、事件の発端は肉ではない。
普段は食事をしながらテレビを付けることはしないのに、その日は何となしに付けていたテレビ。それが引き金だった。

繰り返す。
肉の争奪戦ではない。鍋奉行様のご乱心でもない。
それは完全予測不能な、それでいてある意味男四人(三人かも)に相応しい方角より攻めてきた。備えた食材は事件抑止には肥やし程の役にも立たなかったのだ、憂うしかない。実際生ゴミは出なかった。
惨劇とは全くなんというソレにしてアレ。

当時を振り返り、彼らはこう証言する。

――そんな人には見えなかったのに、と。








『いっちゃいちゃ〜ちゃっちゃっちゃ〜♪リンゴ何処の子リンゴの子〜まっかなほっぺは乙女座みたいなセンチメンタル♪堅い身持ちのあなただって落しちゃう♪イェイ!ユニオン☆ひめりんご!!』


CMだ。
ユニオン(※「世界経済連合」の下部組織である「太陽生活共同協会」の略称)の商品CMだ。
テレビから流れる曲調と歌詞は奇抜を通り越して奇特。
マスコットキャラクターが独り言を叫んでいるという設定は異質。

「お酒注ぎましょうか?」
「おお、サンキュー」
「ごまだれ」
「はいどうぞ。もう振ってあるよ」

本日の鍋奉行は鉄腕アルバイターの次男坊。
明日仕事が休みの長男は酒が進む。
怒涛の箸使いは三男。
テレビに釘付けは末っ子。
コタツで囲んだ鍋は和やかに進む。


『いっちゃいちゃ〜ちゃっちゃっちゃ〜♪リンゴ何処の子リンゴの子〜まっかなほっぺは乙女座みたいなセンチメンタル♪堅い身持ちのあなただって落しちゃう♪イェイ!ユニオン☆ひめりんご!!』


CMだ。
ユニオン(※太陽光発電システムによる一般市民の生活レベルの向上を目的に、各種事業を展開している)の商品CMだ。
どうも林檎の宣伝らしいが既に五回は流れた。連続で。尋常でないしつこさ。

ここで、じっとテレビを見ていた刹那が口を開いた。

「せつなぁー他所見してるとマロニーが滑り落ちるぞぉー」
「アレルヤ。鍋の中で餅がふやけている」
「あ、ごめん。すぐに上げるよ」
「ロックオン」
「ん?」
「『ひめはじめ』とは何だ」

『いっちゃいちゃ〜ちゃっちゃっちゃ〜♪リンゴ何処の子リンゴの子〜まっかなほっぺは乙女座みたいなセンチメンタル♪堅い身持ちのあなただって落しちゃう♪イェイ!ユニオン☆ひめりんご!!』

「ひめりんご?」
「ひめは「二度言わなくていいぞ」

仲良くの食卓が一転。緊迫するリビング。重い沈黙。煮えたぎる鍋。
餅を小鉢に取り上げようとした動作で次男の箸が止まっていた。

ロックオンは思った。弟を見て思った。
おれもう酔っ払ったかな肝臓錆び付いたかな。と。
そんな長男の一抹の願いは切って捨てられそうになったので自らシャットアウトした。
コンディション・レッド発令。
まさかこの弟の口からそんな言葉が出るなんて!!
せつなーと呼べば嬉しそうに走り寄ってくる可愛い弟は何処へ行っちゃったの、と心中嘆く。
長男・ロックオン。特技は記憶の捏造。

刹那は思った。兄を見て思った。
なんだか、翡翠の瞳が一昨日を見ているな。と。
せつなーと擦り寄ってきて鬱陶しいから置き去りにする時のあれと似た方角を見ている。
少し心配になったので考えた。
自分が何かしただろうか、と思ってぐるり記憶を廻ってみたが、思い当たる節は何もない。
だってロックオンが「わからないことはなんでも聞け」と言っているのだ、普段から。
刹那は黙って兄の回答を待つことにした。
四男・刹那。基本属性は素直。


「――刹那」

どれ程の時が経ったのか。
ロックオンは重く苦しく、弟の名前を呼ぶ。
時が、きたのだ。
もはや鍋どころではない。戦争だ。白兵戦。

「その単語を何処で仕入れてきたかは聞かない。兄として」
「わかった」
「だけどその問いには答えよう。男として」
「わかった」
「ちょっ、ロックオン!」
「言うなアレルヤ!時が来たんだ!」

違うそうじゃない!と慌てるアレルヤ。
何か思うところがあるらしい。が、ロックオンは聞いちゃいない。
長男は説明した。頑張った。
一年。最初。赤ん坊。
末弟の瞳に灯った理解の炎。結論。


「ああ、それが春キャベツ」


‥‥なんだって?
ロックオンは耳を疑った。
キャベツ。
なんでキャベツ。ベーコンでもレタスでもなくキャベツ。いや待てキャベツ。まさかキャベツ。

ぽん、と。
ロックオンは弟の肩に両手を置いた。
16歳とは思えぬほどに華奢な骨格。

「――刹那」
「なんだ、ロックオン」
「お兄ちゃんに教えてくれ」
「お兄ちゃん言うな」
「赤ん坊が何処からやって来るか言ってみろ」

なんだそんなこと、と刹那は思った。
この兄はいったい何時まで自分を子ども扱いする気なのだろう。少々頭にくる。
自分はもう16だ。それくらい知っている。馬鹿にするな。

「真夜中に、」

大きい兄は、その第一声に安心した。
小さい弟は、自信満々に言い切った。


「キャベツ畑で刈り取って来る」
「刹那ッ!誰から聞いたそんなことッ!!」


瞬間、次男が顔を逸らした。おまえか!
ギッと長男の視線。半泣きだ。

「ドンマイ」

ジーザス、気にするよ!
いや、わかっている。アレルヤを責めても仕方ない。
男同士とはいえ彼の性格だ、そんなこととても話せなかったのだろう、仕方ない。
いやわかってる。そう言っちゃったのもわかる。けど。けどさぁ!!

だから長兄は嘆く。
近頃の義務教育は何を教えてるんだ、と。ゆとり持ちすぎだろ。
こんにちは赤ちゃん私がママよ。ところでヒヨコとニワトリはどっちが先ですか?いやまてあれは確か卵だ。そうだ明日の昼は親子丼にしよう1月8日は「良い親子の日」で鶏肉と卵の特売日‥あれ?1月8日だと「良い親(108・イーオヤ)」であって「良い親子(1080・イーオヤコ)」になってないしかも10月80日になるし。あれ?一月って80日もあったっけ?ああこれがウワサの花輪くん現象(8月7日生まれなのに870・ハナワ)かな。

「君は馬鹿か。人がキャベツ畑に生えるわけがないだろう」

長男がトリップし始めた頃。(まだ序の口だった)
これまで静観を決め込んでいた三男が口を開いた。

末弟が振り向く。
長男が息を飲む。
次男は鍋を見た。空だ。本当の空だった。水炊きの出汁すら無い。
あれ、出汁何処行ったの?えっ飲んだ?まさか飲んだの?というか餅なくなってるし。

疑惑の三男は末弟の疑問を解決すべく捲くし立てる。
次男の疑問は置き去りだ。

「君は自分がキャベツ畑で作られたと本気で思っているのか?土から生えてきた気でいたか。 ならば君を構成する蛋白質は大豆か。逆説で大豆は君か。にがりを飲めば豆腐、腐れば納豆か。 はっ!そんなわけないだろう。軽率な発言は控えろ。君はもっと現実を見てものを言うべきだ」

混乱する現場で三男だけが冷静さを失わずに今夜も毒を吐いた。
食卓がもう一転。緊迫するリビング。重い沈黙。空焚きの鍋。
次男の箸が止まっているのは鍋が空だからだ。
最初に口を開いたのは事の発端の、末っ子。

「俺は大豆じゃない」
「皆知っている」
「キャベツ畑は間違いだと言いたいのか」
「断言する。あり得ない」
「じゃあ赤ん坊は何処から来る」
「そんなことも知らないのか。君はもう16歳だろう」

駄目だと思った。
未成年同士でさせる会話じゃない。
刹那の件は後でどうにかしよう。
大丈夫だ、遅くはない。これから知ればいいだけだ。
そう結論付けたロックオンは事態を収拾すべく口を開いた。


「刹 「コウノトリが運んで来るんだ」


駄目だと思った。


「いまなんつったティエリア!?」
「コウノトリが運んでくる」
「アレルヤ!」
「えっ、これはぼくじゃないよ!」
「‥‥‥そうだったのか ‥」
「信じちゃった!?」
「双子だと途中で片方落ちるか攫われるから要注意だ」
「ティエリアちょっと黙れ!待て刹那!それは違『いっちゃいちゃ (中略) ひめりんご!!』


CMだ。
ユニオン(※目的を読み取らす気皆無な略称がネックにしてチャームポイント)の商品CMだ。


「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「いや、りんごだから」
「‥‥」
「‥えっと、ドンマイ?」
「ロックオン、鍋の具がない」
「‥‥‥‥用意します」

ふらふらと長男が台所へと消えて行く。
タイミングを見計らってアレルヤは弟に呼びかけた。

「ちょっと、ティエリア」
「なんだ」
「コウノトリって、本気で言ってる?」

瞠目した赤い瞳。
驚いた顔のティエリアは珍しい。それが一瞬のものでも。
弟は不愉快そうに鼻を鳴らす。

「君も大概愚かだな。鳥類に人間が運べるわけがないだろう」

冷たい印象の声音は、常と変わらぬ自信に溢れていた。
ほっとアレルヤは胸を撫で下ろす。それと同時に、少し嬉しくなった。
この弟も冗談が言えるような性格になったのだ、と。

アレルヤの隣では刹那が「‥コウノトリ‥コウノトリ‥」と呟いていた。
カルチャーショックを受けてるらしい。
「ああ、信用落ちちゃったかも」と思った。が、まぁ仕方無い。嘘を吐いたのは事実だ。(いや、コウノトリも違うけど)
明日、ロックオンが休みで良かった。自分はバイトで良かった。
子どものお守は任せてしまおう。
刹那と共に過ごしてきた時間も子育て暦も、彼の方が断然長いのだから。

(お土産はシュークリームとプリン、どっちがいいかなー)

管轄外、と結論付けて、アレルヤは末弟の件を丸投げる。
三男が口を開いた。





「運送会社だ」








それはペリカン!!
二大論争
special thank you for reading !!
2008.1.10  わたぐも